デザインびいき

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デザイン思想・思考を軸に、ビジネス・プランニング・エンジニアリングへのダイブ

Media Ambition Tokyoと『テクノロジーとアートと東京の未来』についての雑感。

デザイン思想・思考を軸にビジネス・プランニング・エンジニアリングへのダイブを試みるブログ、デザインびいき。今日はMedia Ambition Tokyo 2017のトークセッション『テクノロジーとアートと東京の未来』についての雑感ともろもろ…。

セッション5「テクノロジーとアートと東京の未来」 | MEDIA AMBITION TOKYO

・ArtじゃなくてAmbitionなのがポイント

・Human Centered Designなのは人が買うからであって、秘書AIが買うようになったらMachine Centered Designになるのでは?

機械学習したデザイナAIが、買い物してくれる秘書AIに最適化したデザインを作る時代…

・どこまでが人間でどこから機械って分ける必要がそもそもあるの?

機械学習による思いもよらないデザイン提案が機械からあったら、それをもとに人間がもう1案デザイン作るようなのがいいんじゃないか?

・良くも悪くも単一民族国家では、ノンバーバル的ダイバーシティイノベーションがそもそも起きにくいんじゃないか?

・東京には秩序はないがリズムはある

・日本人はディテールやテクスチャがすき

機械学習する建築や街があってもいい

・VRとかMRには、人間の手は自由すぎるからある種の制約が必要かも

少子高齢化で生死が遠くなってる

・どうしたって日本人が作ると「和」とか「情緒」は出ちゃう、または外国人の目がそう感じたがる

・「美」-「生死」=「かわいい」

などが印象に残りました。

 

秘書AIはもはや、人のカタチをしている必要もないし、そもそも空間を移動する必要もなくて、地球上の公開されている会話データから、僕が必要だと想定される時間軸を超えた音声データを集めてくれるエンジンであればいいのかな?ひとつの会場に集ってトークセッションみたいな事自体いらなくなるのかな?スピーカーも秘書AIかもしれないしw…

 

スピーカーのみなさんの、豊富な知識と経験、頭の超高速回転、普段からシンキングしているからこその発言盛りだくさんで、ヒアリングだけで精一杯。90分で脳が疲れ果てましたw。刺激というよりも強烈なカルチャーショック状態でw、よくわからない高いオシャレラーメン食べて家路につきました…。まあここが出発点と思わないとね。

 

 

もう20年近く前かと思いますが「アートとデザインの違い」は盛んに言われていて、

・アートは物そのものが問題提起になるもの?心がざわつくもの?

・デザインは問題を解決するための物

みたいなことを教わったような気がしてますが、そこから時代は流れ

・デジタル化が進みアートとデザインの境界が曖昧になってきて

・ロングライフデザインのような、今で言うデザインエンジニアリングみたいな概念の台頭

・はたまたWebのような領域では、マルチデバイス対応とABテストの機械学習…で、デザインがそもそも解決しようとしてたことなどがどんどんシフトしている…

などなど、色々な場所でデザインが多様性を持ったり、逆に没個性化していってるような気がします。

(ジョンマエダだったか?ひとつのデザインを10億人が使う…みたいな、今までデザイナーが体験したこともない世界が来ている…みたいな話もありますしね)

 

 

初代iMacが登場してiTunesの画面をビジュアライザーにしたときに、周りのデザイナーはみんな「カッコイー」とか言ってたけども、僕は音楽の抑揚とかリズムを拾っているように見えなかったから、こんなの「っぽく」してるだけじゃん「機械まかせじゃないすか…」と思ってたけどもw、そこからも時代は動いていて、

 

ツイッターのコレ見た時に「あれ?なんだこれ…スゲえ…」って思ったり…

最近はTakramのこんなビジュアライゼーションを見せつけられてw、

テクノロジーをうまく使って、リアルな数字を素材に、なるべく盛らずになるべく圧縮せずに、視覚化・表現化できるようになってきて、あきらかに何かが変わってきている印象です。この技術革新というか情報革新はスゲえなと。(まあどこを切り取るか、伝えようとするかでまた伝わる情報をコントロールできちゃいはするかもだけど)。

 

それこそ20年前「SPやパッケージデザインがいくらよくたって、売り場で売れる売れないとは直接関係ないんだよ(CMとかブランドとかの影響大って意味で)」って飲みながら上司に言われて「じゃあなんでデザインやってんすか!」ってからんで以来(うざいw)、僕の中ではずっと、いつか、そうじゃない世界が来るとイイなあ…って思ってて、そういう時代にどんどんなって来ているってことなのかなあ…と(期待も込めて)。もはや作りっぱなし、あるいはこうしたらキレイで伝わりやすいでしょ?というデザイナの感覚的仮説だけじゃだめなんだよね…価値観も高速回転していってるのだから…。

 

 

話それちゃいましたがw、そもそも何かをデザインする時に、デザイナーは大概、画像検索やPinterestで参考になるデザインを探してインスピレーションをもらっているわけで、その検索結果の精度があがりまくると、機械学習したデザイナAIのデザイン提案なんだろうけど、それを心配するよりも僕らデザイナは個々のデザイン力をさらに高める…ということにフォーカスしなきゃいけないですよねえ。(まあデザインの提案相手がクライアントAIになったら負けるかw…)

っていうか、そもそも不器用な手先の僕がデザインでご飯食べれるって「MacAdobeという道具」のおかげで、昔のような職人デザイナー時代のままだったらなれるわけもなく…それが今、アプリを切り替えれば、デザイナーがエンジニアにもプランナーにもなれる時代に生きてるんだから、僕自身のクリエイティブ領域を職種横断的に広く深くしていく…ということでしか、デザイナAIとの差別化要素はないかもしれないなあ。(まあ、それこそ得意か…デザインエンジニアリングAIはw…)

 

刺激的だったなあ、Media Ambition Tokyo。